黄桃缶詰
SINCE 2015
活動再開!2019年4月発表をめどに小特集「曖昧なる境界線」が決定!(1/28)
はる「ロジウラ」、misty「時間喰いのモービーディック」の原稿を掲載しました!(11/25)
しばしの間休載。(9/12)
梔子落とし
峯崎 澪一
車を降りると底冷えした雪の匂いが口元を掠めた。一度身体から離れたはずの車内の温もりから、不安定な熱がほとりほとりとつきまとってくる。地面に丸い足音を軋ませる妹の肩をそっと抱き寄せ、コートとその下の薄いブラウス越しに僕は途方もないおまじないのようなものを願う。降雪のせいか辺りは仄暗く、空高く漂っている飛行機が赤い電灯を点滅させている以外に頭上には何も見えない。腕の内側を伝わる鼓動が次第に落ち着いていくのを感じてから、僕は妹にそこで待っているように告げ、車のトランクスペースから白い麻袋と大型のシャベルを取り出す。
袋の中には男が入っている。背負ってみるとやはりそれは重く、よろめく僕に妹は言葉もなく不安げな表情で近づいてくる。大丈夫だよ、できれば何も見ないように前へ前へと進もうとしたが、それでも妹は落ち着かない様子であったので、僕は気休めに彼女にシャベルを手渡した。
深夜の代々木公園は静かだった。時折見える浮浪者や酔い潰れた若者が漏らす小さな音の数々が、余計にその静寂を際立たせる。園内へは進入禁止の時間帯であったが、実際に足を踏み入れることは容易く、僕たちは悪びれて灯りを避けて進む必要すらなかった。僕たちはまるで何も普段と変わらないというふうに、ただ時間だけを間違えてしまったごく普通の兄妹であるというふうに、目的地を決めることもなく歩き続けた。
園内を二十分程度歩いた辺りでたまたま丁度良い樹木の群生地帯を見つけたので、僕は袋を雪の上に横たえると妹からシャベルと奪い取り、深く穴を掘り始めた。水気を含んだ枯れ芝が飛び、泥になりきれない土がコートに黒い斑点を落としていく。乾燥した空気の中で妹が手持ち無沙汰になっていることを想像しつつも、僕は手を止めて視線を上げるわけにはいかなかった。
やがて穴が深くなったので這い上がってみると、妹は純白の膜に覆われた地面にしゃがみ込み、土の模様が表面に浮かんだ麻袋をじっと見つめていた。お気に入りの低い位置でのツインテールは今夜ばかりは揺れない。全てが真夜中に張り詰める空気に吸い込まれてしまっている風貌の中で、彼女の瞳だけが重みを持ってその場に留まっているように見えた。もう大丈夫だよ。身体を屈めて僕は囁く。妹はこくと小さく頷くと、そのまま顔を上げず、コートの中に顎をそっと埋めてしまった。
僕は麻袋を抱え上げると、ついさっき掘ったばかりの穴の前に立つ。一度目を閉じて息を吸い、ゆっくりと瞼を開く。それから思い切って袋を空洞の中へと放った。自分の中身が抜けていく感触を覚えたのはこの時が初めてだった。
白い塊は重力に引かれて落下してゆき、急斜面に鈍い音を溶かしながら半身を引き摺るように転がっていった。脂を散らした湿りと濁りが穴の中に見えたような気がした。形の悪い岩に引っ掛かった麻布には、赤茶色い幻影がぼんやりと浮かんでいる。
ふとした拍子であの夜のことを僕が話そうとする時、決まって妹は不自然に明るくなる。そこに意図があるのかどうか僕には判断がつかないが、妹が何か別の楽しげな物語を語りたがろうとする時、それを遮って彼女に罪を問答することは僕にはできない。そして時々、僕にその問答を強要しているのはもしや彼女自身なのではないかということに気づいてしまい、そういった自覚を押し殺し終わった頃には、僕の記憶は途端に曖昧になる。
細く目元を緩める妹の微笑を目の当たりにすると、どうしようもない違和感が込み上げてくる。それは以前までそこにあったはずの妹の像が僕に対して告げている決別の合図であり、ふとした拍子に妹が僕に向かって明るい表情を見せると、僕は火葬場で身を無くしたばかりの白骨が淡い照明に煌めいて人間の形を丁寧に保っている様を思い浮かべる。上辺から態度ばかりを見てみれば、妹は確かに以前と変わらないままであるようにも思えた。しかし兄妹として同じ屋根の下に暮らしていると、どうしても見ることを避けずにはいられない、生理現象にも似た暗黙の醜態が眼前に現れるのである。都会の喧噪を好んで、暇さえあれば街へ僕を連れ出そうとしていたかつての妹が、家を出なくなり、最初はそれも気の紛いを疑う程度のものであったのだけれど、気がつけば高校にはもう随分長い間行っていない。大学受験のために去年から通っていた予備校についても、実質もう辞めてしまったようなものだ。妹は昔と比べて明らかに消極的になっていた。今日も自分の部屋で特に何をするというわけもなく、ただ漫然と時間が過ぎる中に座り込んでいる。
僕が部屋を覗きに行くと、彼女はベッドの縁に腰を下ろしてぼんやりと何かを考えているようであった。僕の登場にとりわけ表情を変化させるということもなく、それまで窓辺に向けていた視線をドアへと移して「どうしたの」と首を傾げる。
粉を散らすような雨音が窓の外に聞こえ、そういえばもう梅雨の時期かと僕は思い出す。「別に何でもないけど」答えながら僕は硝子のテーブルの近くに腰を下ろし、床に手をついて仰け反るような体勢で殆ど家具のない妹の部屋を見渡した。
「どうしたの」妹はもう一度僕に訊く。
「何でもないよ」
「何でもないことないじゃないの」
妹はくすと笑みを零すと、身体を僅かに曲げた。
妹は昔から控えめに笑う癖があった。
僕が覚えているのは彼女が小学校低学年の頃のことであったから、僕はその時まだ中学生であった。その頃は両親も二人とも健在で、僕たちは地方の古屋に四人で暮らしていた。
僕の実家の庭には僅かばかりの梔子の花が咲いていた。梅雨の時期になると咲くその花は、六弁に分かれる小さな薄白色の花弁を低木につけていて、雨粒に濡れると緩やかにしなってみせる。僕と妹はしばしば雨の降る中、二人で一本の傘の中に入ってその花を弄って遊んでいた。細い花弁を指で摘まみながら微笑を浮かべる妹の姿は、病的なほどに色が白いということもあって、梔子の花そのもののように僕の目には映っていた。
小さい頃はひどい人見知りであった妹も、中学生、高校生へと成長するにつれ徐々に大人びていき、その神経質な笑みに明るさと柔和さを備えるようになった。母親が病気で他界し、続けて父親が事故でこの世を去ってからも、妹の様子は変わらなかった。都内の簡素なアパートに妹と二人で住み始め、フリーター生活を脱却しようとしつつも、殆ど人と顔を合わせることのない深夜帯の警備員のアルバイトを続けている中で、僕は妹の存在を数少ない自分以外の人間の像として仕立て上げ、間近に感じていた。毎朝僕より早くに目が覚めて、僕を起こしがてらコンビニエンスストアで購入した朝食を部屋に置いていく。真っ白なブラウスと、今時の女子高生にしては少し長めのスカートに身を包み、お気に入りの低い位置でのツインテールを揺らしながら高校へと向かう妹は、限りなく他人のようで、しかし確実に血は繋がっている人間として、漠然と白い影を身に纏いながら僕の内側に控えめに在り続けていた。
「くちなし」と僕は不意に呟いていた。
妹はえ、と身体を僕の方へとまた少しよじって瞳を少しばかり見開く。水が固く弾ける音を遠くの方に聞きながら、僕は「この辺りにも梔子は咲いているのかな」と妹に尋ねてみた。
わからないなぁ、妹は薄く唇を開きながら、神経質そうに頬を緩ませて微笑んだ。
次の日、数日ぶりに雨が止んだことを口実に僕は妹を外へ連れ出す決心した。梔子の花を探しに行かないか、とか何とかそういう口下手な提案だった。妹は最初、「お兄ちゃん夜から仕事だから」と困ったように拒む態度を示していたが、それでも僕がしつこく食い下がっていると、彼女は次第に鈍い影を帯びた瞳を長い睫毛の下から覗かせた。
妹は自分の穢れを判っているかのように、時折悲しそうな目をする。あるいは復讐を一度でも気取ってしまったことへの後悔なのかもしれない。彼女は自分の透明を犯されたその時から、あるいはただ一人の不貞な男を結果として死なせることになったその時から、鋭い朱に塗れた手遅れをあからさまに示す事があった。僕はその度に目を瞑るか、無神経のふりをしてどうにか見ないようにする。熟れた赤い果実を傷つけないように、爪を手のひらに包み込む形でそっと抱きかかえるような、僕はそういう類の無垢を妹に変わって纏わなければならなくなる。
「やっぱり外は嫌いかな」
口元から垂れる息に妙に不安の感触があった。僕は微妙な問いかけを避けて、もし妹の中に踏み込む必要があるとするならば、その時はその時なりの心構えをするつもりでいた。それを今自分で崩してしまったことに、自分自身の気まずさを当てもなく露呈したようで、それを妹に指摘されることに後ろめたさを覚えた。
だが妹はううん、と頭を小さく振った。フローリングに落ちていた目線がふっと持ち上がり、半分引かれたカーテンの方へと動く。朝の陽射しが刺激の弱い熱を帯び、硝子の壁から滲んでベッドの上に中途半端な日溜まりを落としている。
「いいよ。大丈夫」
その温もりに引かれるように、あるいは押し出されるように、僕たちは着替えと簡単な準備を済ませると、およそ数ヶ月ぶりに二人で玄関の扉から足を踏み出した。
梔子は普通森林の内部に原生していること、少なくとも都内には自生しないことを知っていた僕は、妹の懐疑的な表情を僅かばかり気にかけながら、彼女の細い手を引いて住宅街の路地を進んだ。一旦外に出てしまうと、意外にも妹は気分を悪くする様子は見せなかった。足元のアスファルトが雨の名残を蒸し上げる匂いに呑まれながら小道を抜け、平日の昼間の広々とした静けさに浮き彫りにされた個人経営店の数々を横目にしばらく歩くと、やがて大通り沿いの歩道に出る。近くに大学があるせいか、時々湿った空気に馴染まない若者の群れが脇を通り過ぎていく。指先だけを触れさせるように手を繋いで歩く兄妹の姿を彼らはどう見ているのだろうかということを考えていると、妹は不意に立ち止まった。目の前の信号機が赤く光っていた。
「これからどこに行くか決めてるの」
妹はくるりと半分身体をこちらへ向ける。そこで僕は初めて外に出てから彼女の姿をちゃんと見たような気がした。もう気温も随分と高くなっている時期だというのに、長袖のカーディガンが細い腕を先端まで覆い、ロングスカートの下からは窮屈なレギンスが暗い色を覗かせている。妹の色白の頬肌だけが街並みを背景に浮かんでいるようで、その薄い表情が漠として僕の内部に影を落としている感覚があった。
「いいや」
「やっぱり」
「僕はあんまり花には詳しくないんだ」
「だと思った」
「怒らないでくれよ」
「全然。それより何だか久しぶりな感覚」
「暑くはないかい」
「ううん、むしろ涼しいくらい」
目の前に流れていた車の往来が止まった。信号機の中の立ち止まる赤い人型のマークがそっと消え、変わりに青い灯りが滲んで視界の中で空に溶けるようである。何となくぼんやりとして僕が立ちすくんでいると、妹は握っていた僕の右手にきゅううと弱々しく力を込めた。僕の肩ほどの位置で彼女の顔が下を向く。僕も同じように地面に視線を落とし、途切れ途切れの白い線を見つめながら横断歩道を渡っていく。
お腹が空いたと妹が零した時、僕たちは大通りを沿って見慣れない街並みを歩いている最中だった。足元の水溜まりがいよいよ重苦しく熱を拡散させ始め、陰を落としてくれそうな雲は遠く彼方の方に点在するばかりである。飲食店を探し始めてから十数分後、ようやくガソリンスタンドに併設されたファストフード店を一店舗見つけたので、僕たちはそこで少し早めの昼食を摂ることにした。
ハンバーガーとバニラシェイクを載せたプレートを二つ挟んで、僕と妹はテーブル越しに向かい合って座る。お兄ちゃんと食べるの久しぶりだね、何だか楽しいね、おいしそう、妹は柔らかな声で色々な言葉を発するが、僕は彼女が僕と一向に目を合わせようとしない様子に気がついていた。
「無理はしないでほしいんだ」
僕が言うと、妹はシェイクを吸い上げていたストローから唇をゆっくりと離し、バニラのどろっとした液体を喉奥に押し込むと、「ううん」と一言発して、それから顎を引くように身体を僅かに丸めた。
「無理はしてないよ」
「僕になら何だって話してくれていいんだ」
「そのために今日、わざわざ私を外に連れ出したの」
「そうじゃないけど」
「私は大丈夫」
「だけどこのままじゃあ、いつまで経っても変われない」
「それってやっぱり、言葉にしなきゃ、だめなのかな」
僕はその言葉に内側を見抜かれたような気がして、その場で全てを白状しなければならないという感覚に僅かに悶えた。しかし僕が喋れば喋るだけ、妹の容態は明白なものとして現前してしまう。自分の中で遠近感が瓦解する感触が広がり、僕はそれにまた気づかないふりをしようとして、溶けかけのシェイクを口の中に流し込む。続けてハンバーガーを大きく頬張る。バニラアイスと牛肉の脂が混ざって滲み出す味に「駄目じゃないよ、全然」などとうそぶきを乗せて、妹に兄らしい表情を投げる。
「食べようか」
妹はうん、と頷いて薄桃色の唇で小さくハンバーガーの端の方を咥える。そしていつものように、僕と妹は二人して問題を先送りにする姿勢を見せる。
「おいしいね」
紙に包まれたハンバーガーを小さな両手に乗せて少しずつ嚥下する妹の表情は、半透明に近い不透明を目元や口元に落としながらも、普段とそう変わらない控えめな笑みを纏っていた。
事件はおよそ半年前に起こった。
妹が一人の男を殺した夜、僕は都内の立体駐車場の警備をしていた。確かあと一週間もすればクリスマスという時期で、その日は東京に珍しく大雪が降り、午後八時を回ってアパートを出た際には肌が裂けるのではないかと思うほどの気温の低さを身に感じた。ぱらぱらと舞うように落ちる雪はたちまち都会の街を真っ白に覆い隠し、そのせいであらゆる交通機関の機能がひどく鈍った。後にテレビのニュースで見た時には、路上に延びた積雪が車のライトを赤薄く反射している様子が画面に映し出され、その光景が僕の脳裏に印象的に焼き付いている。
午後十一時を少し過ぎた辺りからポケットの携帯電話の振動を感じ始め、それがメールの通知であるのならば仕事終わりに確認するのが普段通りであったが、どうにもそうではないらしい。繰り返し振動が続くので、仕事に一段落がつくと僕は着信の正体を確認した。途端に不吉な、悪い予感を覚えた。妹からの不在着信が立て続けに六回入っていたことを知らせる画面は、僕の喉元をそっと締め付けるのに十分だった。彼女は滅多なことがない限り僕に電話を掛けてくることはない。眩しく光る画面を前に硬直する僕を現実に引き戻したのは、七度目の着信だった。僕は今度こそすぐに電話に出た。
彼女の声は湿っているようでもあり乾いているようでもあった。度し難さを覚えて黙り込む僕に妹の息が幽かに震える。興奮しているようでもある。数秒の間に何とか取り繕い、どういうわけかと事情を訊くと、彼女はつい一時間ほど前に自分の身に起きた出来事について説明し始めた。その時の僕にとって、とにかくそれは信じられない話であった。一通り妹が話し終え、帰ってきてほしいと薄い息で囁くので、同じ時間帯に勤務していた話の通じる後輩に後のことを任せると、僕はすぐに車を走らせて自宅へと向かった。足先から湧き上がる焦燥感はひとまず喉元へと押し込むが、それでも交差点で赤信号が変わる瞬間を待つのがもどかしくて仕方なかった。
降雪とそれが引き起こした渋滞のせいで、自宅まで辿り着くのにおよそ四〇分の時間を要した。もしかするとそれがいけなかったのかもしれない。アパートのドアを開けて部屋の中の光景を目にした際、僕は妹と通話した時に感じたものとはまた別の感情に襲われた。
見知らぬ男がうつ伏せの状態で床に転がっていた。中肉中背に被さるグレーのジャケットには果物ナイフが深く突き刺さっている。まだ乾く様子のない鮮やかな血液は傷口から緩やかに染み出していた。痛い、という声が聞こえる。見ると妹が男のすぐ脇に膝を抱えて座り込んでいた。妹の視線は何かを見ているようで何も見ていないようでもある。セーターの下に纏っていた制服のブラウスのボタンは毟り取られたか弾け飛んだかでいくつか取れてなくなっており、スカートは膝上まで捲れ、彼女のお気に入りの低い位置でのツインテールは乱れて形を失っている。「殺しちゃった」厚みの薄い唇が呟く。「どうしよう」はだけた胸元をきりきり握りしめ、妹は放心していた。
僕は急いで駆け寄り妹の肩を抱いた。右腕の下で妹の身体は小さく脈打っていた。震えというのとは少し違う。
唾液に浸った鉄のような匂いが妹に染み渡るのが、僕には許せなかった。幸い妹の制服や肌に血液が飛び散った様子は見られなかったが、僕は念のために彼女にシャワーを浴びてくるよう言いつけた。言われるがまま妹が部屋から立ち去った後、僕はいよいよしたいと二人きりで対峙する。刺された時に悪い打ち方でもしたのか、首だけが不自然に捻れている。眼を見開いたまま息絶えている様子は、胴体を切断された蛇の上半身のようにも見える。
仕事着の上からダウンジャケットを着込むと、僕は死体を背負って階下のガレージまで運んだ。雪は弱まりつつあったが空気はまだ冷たい。そのせいもあってか、男の身体はまだ幾分か温かかく感じた。ひとまず車のトランクに男を押し込んで、自分の部屋へと戻る。妹は既にシャワーから上がっていたようだったが、トイレの方から嗚咽と嘔吐の音が聞こえてきたので、ソファに腰掛けてしばらく待つことにする。
壁に掛かる時計は午前二時過ぎを指しており、やがて鈍い眠気が襲ってくる。妹に揺すり起こされて初めて自分がすっかり眠りに落ちてしまっていたことに気がつく。僕は妹にすまない気持ちがしたが、彼女は特に何も気にしないという様子であった。むしろ無感動なようでもあった。
死体を捨てに行こう。自分でも驚くほど自然に僕はそう提案していた。罪悪の感情は芽生えない。むしろ妹の身を守るためなのだという正義的な義務感が僕の中には生じていた。今なら人に見つかる危険もないと畳み掛けると、妹は僅かに顎を引いた。僕は妹の肩にダッフルコートを羽織らせて、アパートの扉を開ける。外から流れ込む冷気に肺の奥が痛むような感覚を覚えたが、構わず妹の手を引いて僕は階段を駆け下りた――。
秋から冬に移り変わる殆ど境目の頃合い、まだ冬と呼ぶには早い気もするけれど、街路樹の葉は落ち崩れ首元が冷気で満たされてどうしようもなくなるような時期に、梔子は生々しい赤黄色の実をつける。だがその身は熟して地面に落ちても割れることはなく、中に詰まった瑞々しくどろりとした種子は皮を破って溢れ出てくることはない。種を放出する口がないから梔子とその植物は命名されたらしいが、穴だろうが裂け目だろうが、種を放出する口がないのではなく、その口が何かあるものによってきつく塞がれ続けているとしたらどうだろう。あるいは種子という極小の空恐ろしさを垂れ出すことに、植物自身が何かしらの抵抗をしているのだとしたら。僕は時々こういう妄想をして、あと一歩でよからぬ考えが浮かぶという前に、実のことは忘れて花のことを考えようとする。すると僕の頭の中では梔子の花弁が広がる前に、何故か白い百合の花が現れる。花弁の先を外側に逸らして俯きがちに芳香を放つ、白い百合の花である。
僕はけれども、実際の百合の花をよく知らない。知っているのは百合が持っている印象とその言葉だけだ。だから僕の中では表象だけが乱暴に渦巻き、実体のない感覚に絡みつき解けそうにもなり、ついには遠い記憶の中で曖昧になった色々なものにまで癒着し始める。そういった中で梔子の花は百合の薄さと自然に溶け合い、その純白を様々な方向へ拡散させ、考えれば考えるほど曖昧な感覚へと変貌していく。
頭の中の整理がつかなくなると、僕は決まってテレビを点ける。液晶が映し出す光の束を見ていると、内側に溜まっているものを一旦全て手放しにできるような気がして落ち着く。台所の冷蔵庫から発泡酒を一本持ってきて平日の昼間特有のどことなく間の抜けたワイドショーを眺めていると、胸の辺りにクッションを抱えた妹がそろそろと部屋に入ってきた。
「退屈しちゃった」
一度二人で外出して以来、妹は頻繁に僕の部屋に訪れるようになった。彼女は僕の隣にクッションを落とすとそこに腰掛け、時々壁に掛かっている時計を気にしながら身体を小さく左右に揺らす。近づくように遠ざかっていくテレビの音量は僕の集中しようとする力をぴりぴりと乱し、それがもどかしく、左隣に漂っている温もりの塊の存在を僕に実感せしめた。画面から視線を離し、落ち着きのない妹の肩を僕は片手でそっと押さえる。
「言いたいことがあるなら言えばいいさ」
すると妹は不快そうに表情を強ばらせ、肩をきゅうっとすぼめた。缶の中身を殆ど空にした僕は身体ごと妹の側へよじって、空いていたもう片方の手で床にぴっしりと張り付いていた小さな指を包み込む。妹は俯きがちになり、下唇に歯を立てるように力を込めて、それがまた不快であるという様子で、んっと口を開かないまま咳払いを一つした。それから身体を僕の方へ向ける。
「今日もどこかへ連れて行ってほしいの」
妹は乾いて音が剥がれ落ちてきそうな唇を薄く開いて、瑞々しく笑みを浮かべながら言うのである。瞳が潤いを浮かべ始め、それが顔全体に広がっていくように薄白く明るく透けていくようである。僕はその時、仄かに石鹸の香りのような、あるいは化粧品が放つ濃厚な空気のようなものを嗅いだ気がした。妹の髪から顔から身体から、どこから漂うものなのかはわからないし、あるいは本当に気のせいなのかもしれない。試しにもう一度気づかれないように息を吸い込んでみると、自分の口元から安いアルコールの匂いがした。
「どこかって、どこへ」
「どこでもいい。お花を探しにいくのでも」
「際限がないよ」
「際限がなくちゃ、だめなの」
「お前がいいなら別にいいよ」
「私はいい。何でも、すごくいいよ」
この日も外は晴れていて、蒸し暑いというよりは日照りが強くて夏の始まりを思わせるような天気だった。僕はTシャツにジーパンといった適度に涼しい恰好をして、妹はこの前の外出と何ら変わらない服装で片手に日傘を大事そうに握りしめていた。特に必要のない家の中の点検や気構えのような深呼吸をすると、僕たちはまた二人で外の風景へと飛び出した。
街中を歩いているとふとくらくらと目眩が襲ってきて、最初は気温の暑さのためだと思ったが、外出前にアルコールを含んだせいだということに気がついた。こんなことだったら控えておくべきだったと後悔していると、日傘の影から妹が心配そうにしーっと僕の顔を覗き込んできて「もしかしたら今日は暑いかも」と曖昧な様子で呟く。アスファルトで舗装された道路の上には陽炎のような空気の漂いが見えた気がしたが、彼女にも同じものが見えているかどうかはわからない。
「少し休もうか」
「うん」
「どこに行こうか」
僕の問いかけに妹は一瞬言葉に詰まり、進めていた足をそっと止めて何か逡巡するような様子を見せてから「じゃあここがいい」と少し申し訳なさそうに僕に行き先を告げた。僕は本当にそこでいいのか、というような質問を妹に対して投げようとしたが、結局その言葉を呑み込み曖昧な返事をしたような覚えがある。そこで何をするんだ、という詰問はあまりに無意味だと思ったし、他のどんな理詰めの問いかけすら僕にも妹にも価値のない重みであるような気がした。僕はファストフード店で妹と向かい合ってハンバーガーを食べた時のことを思い出していた。最後まで考えない、ということはとりわけ大した罪ではない、と今の僕は思う。
僕たちが向かったのはアパートから少しばかり歩いたあたりにある大学のキャンパスだった。授業時間中なのか正門から見える敷地内に人影はまばらで、僕たちは両端を押し退けるように広がる正面通路をぎこちない足取りで抜けた。その時僕はふと、去年の夏に妹と一緒に訪れたオープンキャンパスのイベントのことを思い出した。その時妹はまだ高校一年生で、ようやく女子高生であることに慣れ始めていたという頃合いだった。妹は僕よりずっと勉強ができたので、大学を受験することも考えていて、可能ならば自宅から近く世間的にも有名なこの大学に入学することを望んでいた。八月の炎天下の中、学生やそれより幾分か幼い若者たちで混雑したキャンパス内を目的もなく歩き、全面が硝子張りの建物や深緑の並木に一々興奮していた妹の明るい横顔がふっと記憶の中に蘇る。生協で大学のロゴの刻まれたシャープペンシルを購入し、学部説明会のパンフレットを大事そうに抱えていた彼女の姿はもうずっと遠い。高校に通うことすら諦めてしまった妹は、今この風景をどう見ているのだろう。ちらと横目で見てみると、並木の木漏れ日の縫い目と日傘の暗さが彼女の表情のすぐ外側で重なっていて、明るさと影が混在しているようだった。僕の視線に気がつくと妹はふっと顔を上げて「なつかしいな」と愛おしげに呟いた。僕は妹の開いていた手を自分の掌でそっと包み込んだ。皮膚から伝わる血液の流れが渺として冷たく響いてくる感覚がする。
教育学部の校舎の一階には公共の休憩所のようなスペースがあり、僕たちは片隅のテーブルに腰を下ろした。子供が好きだった妹は大学に入るなら教育学部がいいとしきりに話していて、オープンキャンパスでもこの校舎に第一に向かったので、場所の感覚は記憶に残っていた。妹は最初僕の向かい側の椅子に座っていたが、どうにも落ち着かないという素振りを見せ、腰を浮かせたり日傘の置き場所を変えたりした挙げ句に、僕の隣に座り直した。
「人の姿が見えるから」と妹はか細い声で囁いた。周囲にはちらほらと学生の姿が見えたが、ノートパソコンに向かって作業していたり、無言でカップラーメンを啜っていたりするような若者ばかりであったので、「心配ないよ」と僕は言葉を返す。しかし彼女は、小さく背中を丸めつつも身体の細部をぴんと張って、緊張している様子であった。
「別の場所に移ったほうがいいかな」
俯きがちな視線に入り込むように尋ねてみたが、妹はううんと大きく首を横に振った。消え入りそうな、あるいは内側から崩壊して外側に流れ出しそうな温度を瞳の奥に覗かせながらも、「こういうの、久しぶりだから、わからなくなっちゃっただけ」えへへ、と柔らかく表情を崩す。
「それに私だって、変わりたくないわけじゃないの」
儚げな目つきがゆっくりと細長くなっていく様子に、僕は古傷を指先で撫で回されるような罪悪感とむず痒さを覚えた。肌に広がる汗の感触と冬の寒さの強烈な記憶が混濁し、僕はいつもの癖でまた目を逸らしそうになって、あと少しのところで押し留める。「偉いね」と妹の小柄な頭の上に手を乗せる。掌を流れていく細い髪の感触が、幼さを脱色していく若い女性的な柔らかさを外側へ溶かし込んでいくようである。
昼食を済ませていなかった僕たちは、校舎に併設されていたコンビニでサラダの乗ったパスタとプリン、それにパックの紅茶を購入して、それをテーブルいっぱいに広げて時間をかけて食べた。授業が終わる時間になると大教室の至る所の扉から学生たちが溢れ出てきて、妹は前髪をだらんと垂らしながらもごもごとパスタ麺を咀嚼する速度を緩めたが、口の中のものを飲み込むとほんの僅かに下半身を浮かせて僕の方へと寄り、内股ぎみになって顔を上げ、それから確認を取るように僕の顔を見つめた。僕がその目を見つめ返すと妹の表情は僅かに明るさを浮かばせた。それはいつもの不自然な明るさではなかった。
昼食を食べ終えた頃、共同スペースからはまた人の影が捌け始め、それと同時に不意に僕は強烈な眠気に襲われた。目が覚めた頃には茜色の西日が窓辺から差し込んでおり、散乱したごみの数々から延びた影がテーブルの表面に深く滲んでいた。僕の隣では妹が数時間前と殆ど姿勢を変えずに、膝の上に口を開いたトートバッグを乗せ、ページの端が茶色く変色している文庫本に読み耽っている。僕が起きたことに気がつくと彼女はページを捲る手を止め、「おはよ」と腰を屈める。僕は妹が怒っているのではないかと不安になったが、彼女はそれほどうらめしげな様子を見せるでもなく、むしろ心なしか機嫌の良さそうな面様だった。
「さっきね、青い鳥がいたの。ほらあの、窓の外の木の枝のところに」
細い腕を持ち上げて妹はぴんと指を指しながら言う。
「珍しいな」
「お兄ちゃんが寝ちゃってから十分もしないうちに、ちょっと外の景色を眺めていたら、その鳥が今にも飛び立とうとしていて、そのまま飛んでいっちゃって、青かったから、空に溶けて見えなくなっちゃって」
「僕も見たかったな」
「知ってる? 青い鳥は幸せを運んでくるんだよ」
「じゃあ、お前にはいいことが起きるんだな。そのうち」
「そうかな」
「きっとね」
「お兄ちゃんにも、いいこと起きるかな」
「お前に幸運がやってきてくれたら、それだけで」
口を突いて出た言葉が妙に水分を含んでいて、生暖かく、僕のそういった弱さが伝播したように妹の口元が柔らかく弛んだ。ありがと、薄い布が繊細な肌を包み込むように優しげな声が短い言葉を静かに置き、どこまでも広々とした空間に甘苦い刺激をしとしとと染み渡らせてゆく。あるいは、僕たちが幸福を語るのは傲慢なのかもしれない。そういう考えが頭の片隅で浸透していく一方で、それならばもう傲慢で構わないのではないか、という開き直った横柄さが身体の中心から末端まで自信のような実感を伴いながら広がっていくのを僕は感じていた。犯された妹、報復の殺意、死体を隠した兄、そういう兄妹。僕は時々そういう現実を、本当は何もなかったのではないかというふうに忘れてしまう。今もその時であり、恥知らずなその態度にむしろ優越感すら感じている。頬に照る夕方の陽射しが今は間近に感じられ、肌に浮かぶ汗の粒が不思議と不快ではない。
妹はふと、ひどく真面目そうな面持ちで僕に言った。
「今度はもっと遠くへ行きたいな」
申し訳なさそうに低く二つに結ばれた髪の毛がするりと揺れる。埃っぽい文庫を乗せていた手の甲に薄弱な筋が一つ浮かび上がり、指先の爪の辺りの皮膚が痛みに耐えているようであり、僕はまた、自分の進みすぎた自己肯定に落ち着きを取り戻す。それから「じゃあどこへいこうか」と僅かに寄りかかってくる肩に問いかける。「どこでもいいの」と冷え切った感触に一筋の温もりが抜けていき、その体温はより身体を預けてくることでひしひしと実感を伴ったまま僕の内面にまで浸透してきた。
「遠くがいい、ずっと遠く」
「じゃあ、そのうち二人で旅行にでも行こう。なるべく遠くの方へ、長い時間をかけて」
「……いいの、本当に?」
「お金は掛かるけど、頑張ればいいだけだよ」
「お兄ちゃん、優しいんだね、やっぱり」
「当たり前だよ。お前のためだ」
物柔らかな腕の感触が僕の身体の方向に広がってくる。肩の辺りには汗で湿っているにも関わらず脂っぽさのない黒髪が、夏の空気を含みつつぺたりと押しつけられている。弱々しい指先が僕のズボンの太腿あたりを摘まんで、ゆっくりと幽かに震えているような気がした。僕は腕を伸ばして妹の小さな肩を抱いた。音のない吐息がすぐ側で漏れた。腰から首筋にかけての無抵抗な温和を零さないように、僕は妹を抱える腕に力を込めた。妹の顔には水泡が弾けるような白い陽射しが差していた。
妹の様子が変化し始めたのは、長い六月もようやく終われど梅雨の名残で雨臭さが抜けきらない夏の初め頃であった。
僕は事実を知るまで、妹が匂わせる雰囲気の変容は彼女自身の楽観的な心持ちに影響されているものだとばかり思っていた。明け方頃に仕事から帰り、妹の部屋をそっと覗いてみると、彼女は掛け布団の下で膝を抱えるように丸くなって眠っている。それまで彼女はどことなく不安げな様子で、顔半分を左手で押さえつけながら眠る癖があった。そのせいで顔に指の跡が赤く残ることもしばしばであった。それが日を追うごとに見られなくなり、僕が目覚めた後の妹の機嫌も以前よりも優れたもののようになってきて、僕はその順調さにごく自然に充足しているらしかった。視界の中の世界では罪の色は脱色され、気がついた頃には、僕たちはごく普通の兄妹として暮らしている。多少特殊な環境に置かれていたとしても、欺瞞が臭い出すことは殆どなかった。
妹との約束を果たす準備も着実に進めていた。バイトの後輩にこのことを話すと、普段は他人のことになど興味がないというような態度の彼も面白がって耳を傾けてくれた。「妹さんと二人ですかぁ、いいですね」「頑張って稼がなくちゃ駄目っすね」彼は去年の十二月、例の一件の際に僕の仕事を快く引き受けてくれた後輩であったが、当然あの夜僕たち兄妹に何が起こったのか知りはしない。だが彼の場合、仮に本当のことを話したとしても、それほど重大なこととして捉えはしないのだろう。「そうだったんですか、大変でしたねぇ」と軽く流す姿が容易に想像できる。彼の瞳は僕の居場所を邪魔しない。
全てが何事もなく、穏やかで、順調だったからこそ、つまり僕はある意味では逆説的に、半永久的に継続され得たかもしれない盲目に騙され続けていたということになる。
たまたま仕事が早く片付いた日、居酒屋で数杯のジョッキを交わしながら他愛のない与太話で後輩と時間を潰し合った後のことだった。ターミナル駅前のロータリーをふらふらと歩いていると、地下鉄の改札へ下る階段のすぐ脇に一人の女子高生が立っているのを僕は見つけた。両腕をすぼめてスカートの辺りで通学鞄を握りしめ、ローファーの爪先でもどかしそうに地面を叩いたり撫でつけていたりする。もうすぐ日付の変わりそうだという時間帯に制服姿の小柄な少女が視界に入ったということに違和感を覚えたということもあるが、それ以上に僕は喉の奥から猛烈な懐疑心と嫌悪が込み上げてくるのを感じていた。
僕が歩み寄ろうとする前に、ハワイアンシャツ姿の若い男が少女の前で足を止めた。僕は咄嗟に目に入った細い支柱の陰に隠れて、遠巻きに観察するように二人の様子を窺った。男がしきりに何かを喋っていて、それに対して少女は足元に視線を落とし前髪に横顔を隠しながら小さな頷きを何度か繰り返す。男は満悦そうに腕を振り首を回し、少女は喧噪混じりの真夜中の空気に押し潰されたように殆ど身動きを取らず、口元だけをもごもごと動かす。そんなやり取りを三十秒もしないうちに、二人はそろそろと歩き始めて大通りの横断歩道を渡って行った。男の少し後ろを覚束なげな足取りで着いていく少女は、低い位置に結ばれたツインテールを夜の空気に馴染ませるようにか細く揺らしていた。
僕はすぐにその後を追おうとしたが、歩行者信号が赤に変化し、数台の車の往来が線上に滲むライトの眩しさを伴いながら視界を遮る。再び信号が青になり長い横断歩道を抜けると、もうその時には二人の姿はネオンの看板が放つ紅色の蛍光と暗闇の隙間に紛れ込んでしまい、僕は猛烈な不信感を途方のなさに漠として渦巻かせるばかりであった。
少し突いてみると証拠は簡単に出揃った。
鼻先辺りまで布団を被って薄い吐息を立てている妹を起こさずに、彼女の携帯電話を部屋から持ち出すことは容易だった。喉の更に奥底から滲み出る動悸を発散させるためにわざわざ玄関の外にまで出て、乾ききった群青色の空を遠くに感じつつも覚束ない手つきで画面を開く。その殆ど瞬間的に、落胆と罪悪感と憤怒とが不純物を巻き込みながら入り交じったものが指先から頭の芯に流れ込んでくる感覚に鈍い痛みを覚えた。一人だけではなかったのだ。複数の男とのメールのやり取りが交わされていた。件名を確認していくだけでも淫らな悪臭に嘔吐欲が込み上げ、僕は思わず能天気な中身のない溜息を吐き出す。
そしてその時、ようやく僕の内側に罪の意識が生まれた。あるいは今までの僕の思い上がりや無知に対する自覚的な恥の感情であるとも言えるかもしれない。しかしそれはもう少し具体的で、自己肯定的な、僕に何か開き直りの情熱を掻き立てるような痛快な罪の意識であった。
僕はまず真っ先にバイト先に連絡を入れ、しばらくの間勤務日数を減らしてくれるよう頼んだ。決して人手の足りない仕事ではなかったので、相手は快諾とはいかないまでも難なく承知してくれた。それから妹の携帯電話から連絡相手の素性を調べ上げ、メールを確認したことを妹に悟られない程度に男たちとの間に交わされた内容をそれぞれ確認する。一通り確信が得られた頃には、僕の頭の中で輪郭を形成し始めていた計画はいよいよ現実味を帯び始め、そこから決行が決意されるまでには時間はそれほど掛からなかった。
呼び出しの作業はそれほど難しくはなかった。妹が過去に出会った男に近場のホテルへ来るようフリーメールを用いて連絡を入れると、相手はそのメールが妹からのものだと簡単に思い込んだ。夜になり、ディスカウントストアで購入した大型の裁断鋏と手袋、ビニールシート、雑巾、麻袋を車の後部トランクに詰め込むと、仕事へ行くと妹には告げて僕は毎晩と同じようにアパートを出る。念のため三十分ほど近所を走り回り、一旦家に戻って玄関の中を覗いてみると、既に部屋には妹がいる気配はない。僕は安心して再び車へと向かう。僕が乱視に曝された正義感に駆られながらもなお自分自身を安定して繋ぎ止めていられたわけには、こういう綿密さが僕の目の先を絶えずちらついていたということがある。酒を呑みながら過去のことを考えるとふと不安が湧き上がる感覚とそれはよく似ていた。
鼓動の高鳴りが興奮によるものか恐怖によるものか区別がつかなかったのは、一人目を殺した時までで、二人、三人と人数を重ねるごとに、僕は目元や指の関節などに染み込む鈍くほろ苦い感触に開放的な安心感を得ているようだった。妹と身体の関係を持った人間は、どれもこれもやけに色艶のある大きな目をしていて、指を見てみると白いか病的に細いかで、小さな果実だけを好んで掻い摘まむ臆病な爬虫類のような風格を身に纏っていた。しかし一旦死んでしまうとただの人である。僕はその人になった爬虫類の残骸を綺麗に折り畳んでは、汚れを拭き取り、何色にも犯されていない麻袋に仕舞い込む。出来上がった無色の袋の塊は様々な方法で遺棄したが、燃やすことだけはしなかった。つまり僕はそれを深い穴の底へ突き落としたり、川の中に投げ捨てたりすることで、自分の手の外を離れた存在するものとして処理することを欲していた。この奇天烈な単純行動を一ヶ月近く繰り返し、自分の神経が麻痺していることをはっきりと自覚しながらも、一連の殺人事件が全く表沙汰にならないことをいいことに僕は一つ一つ、部屋の散らかりを整理するように犯罪を繰り返した。ある時僕はふと、一体何人の男を殺したのだろうかという疑問を持ち始めた。その疑問がいつしか妹の華奢な肉体へと投影され、憎悪と達成感が静かに浸透し始め、生温かな液体となって僕の血液へと溶け込んでいく。
一通りの行動を終えた帰宅後には、妹の部屋に忍び込んで僕は彼女の寝顔を見る。白みがかった頬に張る微笑の膜を突き破りたくなる衝動に駆られつつも、その純潔に指先が触れることを拒み、曖昧な疑念を喉元付近に溜め込む。手持ち無沙汰になった僕は彼女の携帯電話をそっと枕元から取り上げ、メールがまたいくつか増えていることを確認してから、途方もない空白感に疲労を刺激されて明け方に深い眠りに就く。妹の秘密を知ってしまって以来、そういう日々がしばらく続いた。
妹が僅かばかりの金銭と引き替えに恋愛交渉の真似事を始めた理由に、僕は一つだけ心当たりがあった。しかしそれを安易に認めてしまうよりは、気がつかないぎりぎりの境界に立ち留まって別の方向を向きつつ、気疎く湧き上がる不快な感触の原因を自覚的に押さえつけしまうことの方が随分と気楽なように思えた。そして身勝手にもそうしてしまうことによって、理解され得る罪に相当する程度の悪の感受性を僕は鋭利に研ぎ澄ますことができた。
つまり、外の世界をまるで知らない妹に不潔な情事がつきまとっていること。不登校を長く続けていた妹が久しく高校の制服を身に纏い、その目的は狂信的な男たちの欲望の餌食になるためであるということ。僕はそういった堪えられないものをむしろ甘んじて受け入れることによって、沸々と沸き上がる吐瀉物にも似た不遜を多少なりとも希薄に捉えることができるようになっていたのだ。
気がつけば僕の生活は夜中に凝縮していた。妹との約束はもちろん忘れてはおらず、なるべく散財は控えて仕事のある日はきっちりと業務に打ち込む。そして仕事のない日は妹と少しでも関係を持った男たちに復讐をして回り、袋を捨てるために車を走らせる。そういう毎晩が続いていたこともあってか、僕はそれまで以上に昼間は長い時間眠るようになっていた。
ある日の昼下がり、気怠げな肩の重みから抜け出すように目を覚ますと、妹がベッドの足元辺りに腰掛けて僕の顔をまじまじと見つめていた。部屋着のスウェットを皺と空気で膨らませて、視線がぶつかり合うと「あ、起きた」と軽い声を弾ませる。
「どうしたんだ」
「お久しぶりですという感じなので」
妹は含み笑いを口端から流す言い方でかしこまってみせた。腰を浮かせて僕の側まで移動して、長い後ろ髪をふわりと垂らしてみせる。きめ細やかな甘い香りが鼻先を小突いて、その時僕はやっと、いつもの二つ結びではない彼女の髪型に違和感を覚え始めた。兄妹でありながらも、僕はひどく長い間、彼女のツインテール以外の髪型を殆ど目にすることがなかった。
「最近お兄ちゃんと話すことが少なかったから」
「寂しかったとか」
「そういうのに近いのかも」
「悪かったよ。ここのところ忙しくて」
「おつかれさま」
「お前もこの頃、ちょっと疲れているんじゃないか」
「どうしてそう思うの」
「目が虚ろだよ。僕にはわかる」
「お兄ちゃんにはわかっちゃうかぁ」
どうしてだろ、視線を逃がしながら細長い吐息を吐き出す。どうしてわかっちゃうのかな。自分の胸元に吸い込まれる勢いで妹は項垂れ、丸みを帯びた背中の線を更に滑らかに縮めた。目元を半ば覆うまでに長く垂れた前髪に表情は隠され、薄桃色の唇だけが開いたり閉じたりを繰り返すが、それが言葉を発しているのかただ呼吸をしているのか僕には判断がつかない。一通り動くことに満足した口元はまたうっすらと微笑を浮かべ、ね、と跳ねるような声を零すと肌色の輪郭の中へと萎んでいった。それから妹は黙り込み、狭い部屋の中にはしとしとと静寂が広がっていく。
僕は妹の肩にそっと手を伸ばした。指の中で硬い骨が小さく縮こまる動きがあり、それまで渺として漂っていた無形の質感が一瞬にして消えてなくなったようである。薬指の先端は女性的に膨らむ柔らかな二の腕に力を込めており、僕はふと自分の腕の下にいる存在が何者なのかわからなくなった。チッチッという壁掛け時計の音が次第に大きなものとなり空間を支配し始め、その響きだけが僕と妹が今ここで身体を寄せている証明であるように思えた。
「お兄ちゃん」妹が再び口を開く。「約束、覚えてる?」
「もちろん」
「私、行きたいところがあるの」
「どこに行きたいんだ」
「えっと、海、とか」
「とか?」
「山の、ずっと上の方とか」
「随分と極端だな」
「何だろう。何というかね、青いところに行きたいの。青くて、ずーっと広いところ」
「それはまたどうして」
「青ってほら……、何だろう。青いのってほら」
「幸福を呼ぶ色、かな」
「……そう。多分それ」
儚げに目を閉じて妹はきゅっと足をすぼめる。その仕草の中に僕は彼女が押し殺している寂寞を垣間見た気がして、思わず目を背けそうになる。それと同時に、安易に幸福という言葉を発してしまったことにひどい罪悪感を覚えた。ついこの前までは当然求められるべきものとして夢見ていたその一言が、程遠く潔癖なものであり、僕が決して触れてはいけないもののように思えたのだ。あるいは妹も同じ心持ちであったのかもしれない。僕たちは以前以上に、つまりは被害者とその庇護者であるという状況を大きく踏み外して、あまりに傲慢に罪を犯しすぎていた。
「お金はあるの?」妹は言う。
「あともう少し」
「あのね、お兄ちゃん。あの、私ね、お金のことだけど」
伏し目がちな妹は逡巡するように息を呑み込み喉を隆起させ、小さく粒状になった唾液の音を立てる。ズボンの生地を関節で力強く握りしめる指の甲には角張った骨が浮かび上がっている。白い、と僕は思った。霞むように白く、不穏で甘美な香りが漂っている。中心から外側にかけて引き裂かれるほどに広く間延びしていく薄さと味気のなさに、僕は随分と放置された既視感のようなものが沸き上がってくるのを感じた。雨の匂いが鼻腔を刺激する。それは遠い記憶の雨。青。靑と白。
僕は妹が何を言い出そうとしているのか、直感的に把握する。
「言わなくていいんだ」
肩を受け止めていた腕を伸ばし、掌で妹の顔の全体を覆うように指をいっぱいに広げてみる。妹はえ、と驚いた様子で瞳を大きく見開いたが、僕の指の先端が唇の緋色に火照った部分にそっと触れると静かに瞼を重くする。
「言葉にする必要はないんだよ。こういうのは」
「……ごめんなさい」
「謝る必要なんてない」
「お兄ちゃんに隠し事があるの」
「隠せてない」
「やっぱり、うん、きっと、そうだと思った」
「僕もお前に大きな隠し事があるんだ」
「隠せてないよ」
「だろうな」
僕は腕を解き、膝の上で拳をきつく握りしめた。指の皮膚にはまだ妹の吐息の感触が温かかった。喘ぐようでもあったが、弱々しく震えるものではない。硬く不穏な香りがあり、ちょっとした刺激があれば大粒の雨粒を滴らせる初夏の暗雲にも似た呼吸だった。彼女は嫌悪していた。そしてその嫌悪の中に自ら足を踏み入れ、半ば諦めたまま黙り込んでいる。まるでそれが一種の癒しであるかというように。
「私、嬉しいの」妹は身体を捻って僕の方に向き直り、はっきりとした口調で言う。「何だろう。嬉しくないはずなのに、嬉しいみたいな、よくわからないけど」目元から滲み出す笑みは純潔さを保っており、罪を犯したことを認めながらも悪びれない無垢な子供の表情を匂わせている。「お兄ちゃんはどう、嬉しい?」
「嬉しい、わけないだろう」
「……じゃあ、私たちはやっぱり、幸せにはなれない?」
「そうじゃないんだ。そういうことじゃなくて」
自分が味わっていた慢性的な嘔吐感の正体に僕はいよいよ感づき始めていた。上目遣いで僕の顔色を窺う妹の肩を、今度は両肩を、乱暴な手つきで鷲掴みにする。遠くの方から「それは許されない罪だ」という初々しい青年じみた声が響いてきたが、奥歯に力を込めてその幻聴を追い払った。僕を捉える妹の視線が不安定に揺れていて、罪の意識にはますます拍車がかかる。僕は堪えきれなくなり、そのまま身体を前へと倒す。
ベッドのシーツに瑞々しい後ろ髪を埋めた妹は、僕の恐らく狂気に満ち溢れていたであろう顔つきをとろとろと見つめていた。恐れているという様子ではなかった。ただ無感動であり、それでいてその雰囲気にもう随分と慣れ親しんでいるといった目つきである。僕は不思議とその表情に安堵する。
「私だって」水気で幾分か柔らかくなった口元が言葉を漏らす。「全部が全部、嬉しいわけじゃないよ」
「じゃあ、お前は」
「でもね、だからといって、何もかも厭になっているわけじゃないの。なんていうんだろう、そう、今はとても痛い。痛すぎて死んじゃいたいくらい。けどそれは厭な痛みだから。私にとって厭な痛みだから。そうじゃなかったら、そうじゃなくなったら、私はすっかり平気になる気がする」
「お前は幸せになれるのか」
「わからないよ」霞んだ瞳が無邪気な影を覗かせた。「だからお兄ちゃんが、それを教えて」
身に余る無地の袖に包まれた細い両腕が伸び、首の後ろに巻きついてきた。引き寄せるでもなく、軽く折られた指の関節が温かな空気を含んで僕を繋ぎ止める。深く沈んだ白色のシーツから生々しい芳香が漂い、その香りを確かめようと顔を近づけると、再び耳の中の奥深くで若い声が聞こえる。僕はその声を今度は振り払うのではなく、むしろ集中して耳を研ぎ澄まし、鼓膜を突き破って流れ込んでくる背徳の念に埋もれていった。今更許される罪も、許されない罪もない。ただそこにあるのは慰めの罪だけであった。目の前で横たわる小柄な少女の背中にすっと両手を滑り込ませると、彼女は悶えるように目を瞑った。僕はいよいよ嫉妬と羨望の強迫に自制が効かなくなる。所々に広がる柔らかな手触りに、引き返す方法がないことを悟る。
そして僕はこの日、最も重大な罪を犯したのであった。
後になってふと気になって、梔子の花言葉を調べてみると、僕は可笑しくて仕方ない心持ちになった。「私は幸せ者」、「清潔」、「洗練」―――。まるで馬鹿にされているようにさえ思えた。それは僕たちが探そうとして見つけ出せるものではない。見知らぬ誰かにそう囁かれる心地がして、確かに僕もそうだと思う。
梔子は実を割らない。しかしそれでも繁殖する。僕はそれを身勝手な過誤であると感じながら、神秘的なものとして肯定せずにはいられない。僕はそういう我が儘には好意的になれた。その好意自体が我が儘であると言われれば、それまでなのだけれど、だとしたら僕はその勝手さまでをも黙認する厚顔無恥でありたいと思う。つくづく非道であるとは思う。
妹との約束を果たすことができるようになった頃には、もう季節は秋へと移り変わっていた。徐々に晩夏の涼しさの感覚も薄れてきており、時折寒気が皮膚を刺激するような、そんな時期だった。
僕たちは高速道路を車で走り抜け海へと向かっていた。季節外れなので僕は山の方がいいのではないかと提案したが、妹は頑なに海へ行きたいと主張した。気が変わり海でなければ駄目なのだ、と大真面目に抗議するので、僕はわかったわかったと彼女の要求を受け入れる。別段拒否する理由もなかった。
都心を離れるための高架道路は思いの外空いていた。代わり映えのない殺風景な景色が鋭い音を立てて後ろに流れていく。午前中だからか太陽の位置はまだ低い。
「あ、雲」
助手席から小さな呟き声が聞こえた。見ると遠くの方に高積雲がまばらに広がっている。青空に白い陰を落としているそれらの群れは、ずっと遠くに浮かんでいるようで、しかし案外近くにあるのではないかと感じられるほどの奇妙な存在感がある。
「雲の上はいつも晴れだよね」
ぼんやりとした口調で妹が言う。
「そうかもしれない」
「でも私たちは雲の下に住んでる」
「雨がなくなると、人は寂しくなるよ」
「そうかな」
「それに梅雨だって来なくなる」
「それは、確かに寂しいかもしれない、ね」
高速道路を降り道幅が狭くなる。背の低い建物が周囲を覆うと途端に風景が閉塞的になったような気がした。
「私、空と海は似ていると思ってて、そう思うんだけど、でも一つだけ違うところがあるの。お兄ちゃんにはわかる?」
「空は気体で、海は液体、とか」
「惜しいかな」
「答えを教えてくれないか」
「空の青はいくら頑張っても触ることができなくて、でも海の青はその気になれば触ることができる」
目の前の視界が開ける。海沿いの道に入ると窓の外から潮の香りが流れ込んできて、肺の内側がしんと底冷えした。
近くの駐車場に車を入れると、僕たちは浜辺へ足を踏み入れる。砂浜は仄かに白みがかった陽の光を反射して光り輝き、所々に岩肌が剥き出しになった小高い崖のようなものが見える。僕たち以外に人の影は殆ど見当たらない。目の前に広がる広大な青色の中で、押し寄せては引き返していく波の動きを邪魔するものは何もなかった。立ち止まって水平線に目を凝らしてみる。空と海はほんの僅かな幅の境界線をそれぞれ押し退け合い、どちらの領域にもそれぞれの色彩を抱え込んで、諍いにも和睦にも見える均衡を保っている。意図せず溜息が零れた。
ふと隣で佇んでいた妹が、サンダルに覆われた足先を一歩前へと踏み出し、そのまま砂浜を不規則な足取りで進んでいった。薄水色のブラウスが潮風を浴びて無数の皺を作り、肩の上で二つ結びにされた後ろ髪がふわりとなびく。砂の上には行ったり来たりを繰り返す線が引っ掻き傷のように仰々しく浮かび上がった。その後を辿っていくと、やがて海に向かって突き出た低い岩場に辿り着く。線を描いた張本人が、ふっと立ち止まる。
「さて」くるりと妹は振り返る。腰を屈めて上目遣いの姿勢になって、愉快そうに睫毛を下げた。「私は罪を犯しました」
「まるで刑事劇だな」
「許されない罪を犯しました。そして私は追い詰められています。絶体絶命」
「どうする」
「悪びれない」
次の瞬間、妹はサンダルを乱暴に脱ぎ捨てて海へと飛び込んだ。一メートルの高さもない岩場であったから、弾け飛んだ水飛沫が僕の頬まで飛んでくる。冷たい粒が肌を濡らしたその刹那、僕は自分の周りの全ての時間が止まったような錯覚を覚えた。あるいは頭の中をずっと支配していた記憶が綺麗さっぱり消し飛ばされたのかもしれない。数秒呆然と立ちすくんでから意識を取り戻した後、岩の下を覗き込むと、妹は穏やかに波を立てる水面から頭と足だけをぬいと突き出し、つめたいーと浮かれた声を上げていた。臙脂色のロングスカートからはみ出したふくらはぎがぱたぱたと水を叩き、海の中に小さな波紋を広げていく。空気を含んで水の表面を揺れる赤い生地に白波が射し込み、なまめかしさとあどけなさが奇妙に混じり合っていく。
その光景を前に僕は、何かの動きを模倣するように口から大きく息を吐き出してみた。暖かな空気は潮風に攫われて彼方の方へと流れてゆき、広大な海に沁み込んで見えなくなっていく。自分の中身が抜けていく。僕は何となく、そんな気がした。(了)