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グランビスト建国記 序章

      

常磐 誠

 

 

 

 

 

 

 

 

第二回 城内ドタバタ探検記・前編

 

「さて、到着して早々リク君やソラさんを質問攻めにしてしまうのも何ですし」

 マーナ皇は背が高く質素で、だからこそ荘厳な雰囲気を纏う椅子から立ち上がると、ローマに緩く拘束されている状態の少年少女に歩み寄り、彼らの前でしゃがみ込む。そしてその後ろにはユータとキリウが付き従う。二人はそれぞれ柔和な笑顔と幼いながらも精悍で鋭い表情とが対照的であった。マーナ皇は言う。

「お二人にこれからのことをお伝えするのは朝ごはんの後に致しましょう。まだ時間がありますから、ユータやキリウと一緒にお城の中を探検してきてくださいな」

 優しく、柔らかな笑顔で見つめられるがままのリクは、ユータに腕を掴まれることに気付かなかった。「うっしゃ! んじゃ行くかい!」と力強く叫びリクの腕を引くユータにリクは「ちょっ、ちょっと待って。ソラは? ソラは一緒じゃないの?」と驚き叫ぶも、誰からも気に留められずズルズルと謁見の間から出て行く羽目になってしまった。それほどに強引なユータの力は強かった。

 ソラはといえば、ユータの強引なリクの連れ出しに半ばぽかんとしながらも、その手をしっかりとマーナに捕まえられてしまっていて、気づけばもうリク達は部屋にいない、という感じだった。どうやらキリウという者もリクやユータと一緒に出て行ったのであろう。ここには自分とマーナとローマしかいない。つい先ほどまでいたはずの家来っぽい者達までもが急にいなくなってしまって、ガランとした雰囲気に包まれた謁見の間はソラには少しだけ冷たく、心細く感じられた。

 でも、ここで怖気付いてはいけない。きゅ、と両の手に力を込めるとソラは手を握られていない方、右側にいるローマに話しかける。「ローマもマーナさんも、私やリクのことを知っているんでしょ?」と。ローマはそれを受けて口を、「…………」開かなかった。口を開かず、マーナの方を見やる。マーナが、ソラが今まで見てきた顔と同じ顔で優しく微笑んだのを二人はほぼ同時に認識した。つまり、それはいいよってことだ。ソラはそう思いローマを見る。やや、睨みつけるようにして。

「そりゃぁね。知ってるさ。知ってるから連れてきたってのもある訳だし」

 ローマがそう答え終わるとほぼ同時にソラは矢継ぎ早に詰問する。「どれくらい」と。ローマは答える。フッ、と鼻で笑い嫌味な顔をすることも忘れずに。

「全部に決まってるじゃないさ。ボクらはお前達以上にお前達のことを知ってるよ。そうだね、手始めに……」そこまで口にした刹那だった。「ローマ」と短く、マーナ皇は名前だけを鋭く厳かに言い放つだけ。それだけでローマは口を閉ざし、姿勢を正した。嫌味な顔もなくなり、ピリッとした顔が作られている。それだけ見てソラは悟る。昨夜あれだけ大暴れした龍人のローマを一瞬で静かにしてしまうマーナ皇はとてつもない力を持った人で、逆らうことは得策ではないことを。

 また、昨日自警団から助けられたその瞬間から気づいていたものの、リクがいた手前口にはできなかったことがソラにはあった。マーナ皇は言葉にすることが難しい――それはソラの幼さ故ではなく、もっと根源的な力そのものの存在を語ることの難しさがあるからだ――大きな力の波動を隠し持っていることを。そして、息子のユータ、そして実の子供ではないはずのキリウにまで、その力は及んでいること。

——きっと、一族みんながそうなんだわ――

 ソラは気づけばとんでもない場所に連れ込まれてしまったと今更ながら恐怖に体を震わせる。お母さん。お母さん! そう、思って顔が下を向いてしまう。「さて!」マーナ皇が元気に声を上げ、ソラはまたもビクッとする。どうしよう。本当に全部を知っているとしたら、このままでは……。そう思い不安な顔をしていると、目の前にマーナ皇の顔があることに気づく。今まで通りの、柔らかな笑顔。頭を優しく撫でられる。少しだけ驚いたけれど、本当に不思議な力がマーナ皇にはある。どんな不安も、いつの間にか取り去られて、安心してしまう。お母さんとは違うけど、まるでお母さんみたいに暖かい。ソラは無意識に近い状態でマーナの体を両の腕でひし、と掴んでいた。そして頭上から降る「行きましょうか」というマーナの声に何の違和感も恐怖感もなく従い歩いていた。

「いやいや。どこに行くってのさ聖上。ボク一人だけ置いて行かないでよ……じゃない行かないでくださいよ」聖上が一気に起こした挙動に呆気に取られたローマは敬語が外れかけたのを取り繕いながら追いかける。マーナは足を止めると、追い縋る格好のローマに言う。

「あなたはあの子達のお目付役ですからね。サクッと合流してくださいほらサクッと!」

 ローマは自分の任務——リクとソラをマーナ皇の元へ連れてくる——が終了したものと思い込んでいた為にこのマーナ皇の発言に戸惑いが隠せない。目が白黒し始める。「ボク、聞いてない……」口をパクパクさせながらそれだけ言うと、「今言いました。以上です。はい! レッツゴーですよ。ローマ!」にっこりと微笑みを絶やさず言うマーナのことをローマは直視できない。視線があっちらこっちらチョロチョロ動き回る。その忙しなさに、「ねぇ、マーナさんはこの国で一番偉い人だってローマ言ってたわよね?」ソラがそう尋ねた。「え……うん、ウン……まぁ……ウンン……」あまりに歯切れの悪いローマを前にマーナとソラは二人顔を見合わせにっこりと微笑みあう。「まさか国皇の言う事が聞けないの?」「まさか私の指示が聞こえないなんてないですよね?」二人がこの中では背丈が最も大きなローマを見上げ同時に口にすると、「…………」たじたじなローマはついに観念したようにうなだれて、「う〜。わかりましたよぉー。行きますようぅ……」と答えた。そして、「ていうか二人は今からどこに行くつもりなのさ」と尋ねてしまった。

 マーナは何も口にすることなくローマの両耳をわっし、と掴む。ローマは既に自身がやらかしてしまった失態を悔やみ始める顔付きになっている。マーナは掴んだその耳をブンブンと振り回しながら、「これから女の子同士の話をするんです〜」とマーナが言う。あうあう。やめてください〜許して〜というローマのプチ悲鳴が聞こえる中、「ローマってデリカシーないのね」というソラの言葉がポツリ、こぼれた。

「んじゃ、ボクは三人と合流します」両耳を結ばれかけたがそれはどうにか勘弁してもらえたローマがやや疲れきった顔と声で言うと、「はい。しばらくしたらソラさんも合流しますから。それまで三人をよろしくお願いしますね」とマーナは満足気な表情を浮かべて答え、ソラと一緒にローマを見送った。歩く後ろ姿から、時々「もっ!」とか、「あーもっ!」とかしっかりと聞こえてきていたが、「あれは無視しましょう」とのことだった。

「マーナさんにかかるとローマがこどもみたい」笑顔でソラがそう言うと、「私はすごいんですよ〜」と得意気な顔でマーナは答えた。

 

 一方ユータとキリウ、そしてリクの三人は廊下を歩いていた。

「ねぇ〜? ぼくはいつまで引っ張られれば良いの?」

 否、リクだけは引き摺られていた。

「貴様が聖上に対して取った無礼な行為の数々を反省するまでだこのうつけが」

 赤黒い武道袴に身を包み長い黒髪を後ろでひとつにまとめているキリウがリクのクリーム色の髪の毛を引っ張り答える。「イタタ! 痛い!」と声を上げたリクを見たユータが、「おいやめろって、キリウ。こいつは母上のことを聖上だって知らなかったんだぞ」とたしなめるように言いリクを引き摺るのをやめる。右腕で抱え込むようにしていたのも開放して、そのままリクの右手を掴む。キリウは納得のいっていない様子で顔をしかめ、「しかし皇子」と声を荒らげる。それを受け、「お前の気持ちもわからなくはないけどさ、実際俺だってそんなに言う程皇子してねぇっての」ユータは左手を大仰に開いて見せながら答えた。その服装は茶色のチェックシャツと黒い半ズボンという出で立ちで、最低限の上品さはありつつも、結局のところ動きやすさの方を重視した格好をしているのだ。

「確かに皇子様、っていう感じじゃないかも」

 ポツリと声をこぼしたリクをキリウが舌打ちで牽制する。リクはしまった、という気持ちで体を少しだけビクリとさせ、萎縮してしまう。ユータは少し見かねた思いを抱きながらリクへ言葉をかける。「おいおい。言っとくけど今のお前の格好と比べりゃ俺は立派な皇子してると思うぜ? ていうかお前服は泥だらけで臭ってるんだからな? ん?」ついでにリクの頭をわしゃわしゃと乱暴になで付けてやる。「うわわ。何するのさ」驚いたようにしてリクはユータの手を振りほどこうとするが、力の差のせいか体格差のせいなのか撫でる手が止まってくれない。今度はキリウがユータに対して「皇子、いい加減にしてください。こいつのフケが散ってしょうがない。不潔です」と嗜めの言葉を発する。「あぁん? こんくらいでどうにかなるような体じゃねぇよ俺は。ていうか、俺は今猛烈に嬉しいんだよ。俺は弟が欲しかったんだ。わかるだろ? キリウ」テンションの高いまま、どうにかわしゃわしゃだけやめたユータが言って、笑う。キリウは露骨なため息を一つ吐き、「まぁ某は一つ年上ですからね」とつぶやく。少しだけの沈黙の後、「弟? ぼくいつの間に弟になったの?」とリクがポツリつぶやくと、「やっと反応したぜこいつ。まぁいいや。よく聞けよリク。お前んとこのオプスパベル国は入浴の文化がねぇだろ? 簡単な水浴びや体を拭くような習慣はあるけどな。んでもってそれも悪くはないんだが、うちみたいなでかい風呂をまず見てみようぜって話なわけよ。母上がお前の着替えも全部用意してくれているからよ。まずは遠慮なく風呂だぁ!」どうやら目的地へ到着したらしく饒舌にユータがペラペラペラッとしゃべり叫ぶ。それに反応したのはリクでもなければキリウでもなかった。

「うるさいよ。あとどんだけトロトロ歩いてたのさ」その声の主は、大浴場の入り口前で腕を組み、ぶしーっとした仏頂面で座り込むローマだった。

「いや逆だよ逆。お前が着くのを見計らって俺らが到着してんだよ何もわかってねぇなぁ。そうだろリク?」ユータは悪びれもせずリクに話を振る。唐突に話を投げかけられ、リクは驚いてしまったが、「え? えーっと……。うん!」と勢いのまま肯定の返事をしてしまう。「はあぁ?」とローマがリクを睨みつけながら言ったが、「そうだそうだー! ローマの聞かん坊でわからずや〜ヘェイ!」とノリノリで叫びリクの手を引き脱衣所へ入り込んでいくユータと、「……まぁ、こればかりは仕方あるまいよ」そんな声かけをしつつ肩の辺りを撫でるキリウを前に、「あーハイハイわっかりましたよぉ〜だ」ローマはある種の諦めと共に脱衣所へと歩みを進めた。

 ドラグニクル国には基本的に混浴は認められていない。当然城内の大浴場も男湯と女湯は入り口が異なる。日によってローテーションが組まれている訳ではあるが、それが同じになることはありえない。そこでリクが気になったのはキリウの存在だった。見たことのない服装に身を包み、髪は長い。基本的にオプスパベルは男の髪は短いのが主流で、長い髪を後ろで一本にまとめる、なんていう髪型をこれまたリクは見たことがなかった。ユータは自分のことを俺、というしぼくの場合はぼく、ローマもボクで、ソラはわたし。なのにどういうことかキリウは自分のことをそれがし、って言っていた。初めて聞いた時はびっくりしてしまった。それがし、なんていう言葉は見たことも聞いたこともないのだから。あと、キリウの顔を見てもよくわからない。歳だけはさっきの会話の中でわかった。ユータの一つ上だから、リクから見れば二つ上。つまり十歳だ。

 つまるところ、リクはキリウが男なのか女なのかがわかっていないのだった。その疑問はこの脱衣所で大きく膨らむ。ローマは脱ぐ服がないから待っているだけだし、ユータは既に、というか脱ぐ瞬間を見ていない内に素っ裸になっていた。キリウがもしかしたら……と思うとリクは少しだけドキドキしていた。から、思わずじっとキリウのことを見つめてしまっており、「おっ! リク選手キリウ選手の脱衣の瞬間をじーっと見ております! 見つめております!」というユータの実況の餌食となった。「あっ! ちっ、違うよ! ぼくそんな意味で見てたんじゃないもん!」顔を赤らめて必死に否定するリクだったがユータは「そんな赤くならなくたってわかる! わかるぜリク! 男ならキリウの裸がきになるよなぁ〜!」一気に囃し立てる。「もーっ!」とリクが怒るが、「はぁ……」とローマはため息、キリウに至っては「皇子もお前もどんだけバカなことをやれば気がすむんだ……」と口にしていた。慣れた手つきで腰の刀二振りを貴重品入れの中に収め袴を脱ぎ素肌を晒す。「あ……」とリクが口にする。「これで満足だろう」キリウが言って一人浴場へと入っていく。「皇子も、そんな格好でバカやっていると風邪を召されます。さっさとこちらへいらっしゃってください」そんな言葉も添えながら。ドアが閉まった後、「へいへい。んじゃお前もとっとと服脱げ。着替えは〜っと、あ、あるじゃんあるじゃん。お前風呂上がったらこれ着るのな。ほれ、とっとと脱げっての」ユータがリクの上着をやや強引に脱がしてやっている時に、「男だったんだ……」とポロリこぼれてきて、「そうなんだよあいつ男なんだよつまんねーよなぁー」とユータはあまり深く受け止めずに答える。「ねーねーボクもう行って良いかなー?」と呼びかけるローマに対しても、「行きゃぁ良いじゃねーか何待ってんだよったく。おかげでキリウの機嫌が悪いぜー? 全くよぉ」そんな口を聞く。

 

「さて、基本的に八歳くらいからは男女別にお風呂に入るのが基本ではありますが」

 マーナがソラと一緒に大浴場の入り口に立ち言ったが、ソラの方を一瞥し、

「私個人の意見としては十歳くらいまではまぁいいんじゃないかな! ということで」

 そう言った。マーナは朝食前のこのタイミングでも公務が残っており、一緒にお風呂タイムとはいかなかったようで、ソラはこのまま一人で男湯へ向かい、ユータ、キリウ、リク、ローマが待つ中で入浴することになる。

「うん。わたし一人でも大丈夫だよ」そう答えるソラに、「そう言ってもらえたら安心です。何かあってもローマが見てくれますから大丈夫ですよ」そうマーナも答えた。

 男湯の中からは元気な声が二つとそれを注意するような声が二つ、聞こえてくる。脱衣所と浴場とを仕切る扉のせいではっきりとは聞き取れないのだが、元気なのはリクとユータだとソラは感じ取っていた。脱衣所でマーナから服を脱ぐのを手伝ってもらい、ロッカーの仕組みを教わる。服を着たままマーナが扉を開け、

「お待たせしました〜。それじゃあ後はローマ、頼みましたよ〜!」

 そう声をかける。湯気の中、山吹色のこんもりした塊のような存在しか認識はできないが、その集団の中ではひときわ大きなこんもりから、「はいよ〜!」という声が聞こえたので、マーナはそのまま扉を閉め、その場を後にしていった。その瞬間、だった。

「わぁ〜! これがお風呂なんだーっ!」ソラがそんなことを叫びながら皆がいる浴槽へ勢い良く飛び込んだ。ザァッパァァーン。先の叫び声も、ローマの目が再び白黒し始めるほどの水しぶきがあげる騒音も浴室内ではよく響く。そのまま、ふあっと浮かび上がり顔を上げたソラに対し、当然キリウが「ふざけるなぁっ!」と怒鳴り声を上げて、思い切り水しぶきを被った格好のユータが「はははっ! ありえねー! ソラお前ウケるな!」と笑顔で叫び、「お風呂は飛び込んじゃダメなんだよ」とリクは小さく言った。ローマは「…………」何も言わない。睨むだけ。

「あははっ! ごめんなさい! 水浴びはするんだけど、こんな大きなお風呂に入るのは生まれて初めてだったから!」口では反省の言葉を紡ぎつつも、体は正直、と言わんばかりに今度は泳ぎだす。色々と自由な行動をとるソラをリクは唖然と、ユータは微笑ましく見つめるが、キリウだけは違った。ソラの泳ぎを両腕で強引に掴み止めると、「女がそんな格好で動き回るな!」と怒鳴り散らす。丹田から力一杯に出力された怒声はリクのみならずユータまでも顔を背けてしまう程で、二つ年下でしかも女の子であるソラはひとたまりもない、リクはそう直感的に感じた。だが、

「はぁ!? わたし謝ってるじゃないの! ちゃんと。大体あんたの声って一々響いててうるさいんだけど! そんな偉そうにして何様なのアンタ!」

 ソラはキリウの声には及ばないものの気持ちだけは全く劣らない怒声で食ってかかる。

「ちょっ、ソラ。ケンカはだめだよぅ」

 リクはソラの腕を掴んで呼びかけて、

「キリウ、それくらいにしておいてやれや、なぁ」

 ユータは体の位置は変えず目線と声だけでキリウに自制を求めた。一方でローマは、

「…………」二人の怒声の響きが浴室内で反響し合う音波に耳をやられてしまったらしく、長い耳を折り畳んで風呂の端で突っ伏していた。くわんくわんとしている。龍人の感覚はどうやら人間のそれとは比べ物にならないレベルで鋭敏であるようだ。そして当然のようにこうした形でハンディキャップとして現れる。ユータは横目でそれを見て、

『おい、お目付役全然役に立ってねーぞ』と思ったが、思うだけで特別に助けてやる訳ではない。それよりも裸だというのに互いに掴みあってケンカをおっ始めようとしている二人の動向に集中していたからだ。

「リクは黙ってて!」

「皇子、この者共に一度は己の立場というものをわからせてやらねばなりますまい!」

 二人は当然静止しようとする方の二人の言うことに耳を貸さない。

「あらそう。ほら聞いたでしょリク。こういう奴は一回ガツンとやってやんなきゃわからないのよ!」

 怒り心頭のソラが興奮して叫ぶが、リクはだめだよ。だめだよ。を繰り返してソラの腕を離さない。ソラはリクに掴まれている腕を振りほどこうとしながら、

「離してよ! わたしあいつに一発かましてやらなきゃ気がすまない! それにさっきあいつ、者共って言ったわ。リクまで一緒くたにケンカ売られてるのよ。平気なのリク!」そう叫び腕を振り回す。どうにかしてソラを落ち着かせたいリクは答える。

「平気だよ! ぼくは平気さ。今ぼく達がケンカしてもしょうがないよ」その言葉を聞いてソラは、少しだけ驚きの顔をして、動きを止めた。「え? 平気、なの? リク。本当に?」「そりゃぁそうだよ。別に怒ったって、どうしようもないじゃないさ」そんなやり取りの後、そう、なら……。そんなつぶやきと共にソラは完全に戦意を落ち着かせたようにしてその場に座り込む。

「そうそう。お風呂は肩まで浸かりましょう、ってな」ユータがそう言いながら、今度はお前の番な、という目でキリウを見るが、今度はキリウの方が黙っていなかった。「ふん。賢明な判断だ。スプレッドアクアしか撃てないような雑魚が某に歯向かった所で結果など火を見るよりも明らかというものだ」

 リクは色々な驚きが入り混じった困惑の顔を浮かべ、ソラが立ち上がるのは早かった。

「オイ」ユータがツッコミを入れるようにしてキリウの横腹に軽い手刀を入れるが、キリウは一切歯牙にかけずソラを睨み続けている。

「へ〜ぇ。わたしがスプレッドアクアしか撃てないって思ってるんだ?」

 怒りなのか呆れなのか、最早表情からは読み取れなくなってしまっている。何せソラはにっこりと微笑んでいるのだから。

「なら見せてみるがいい。初見で見切ってやろう」

 キリウもキリウで、余裕綽々の笑みを浮かべている。さっきとは打って変わって静かな浴室内に俄かに緊張が走っているのをリクは感じ、恐れを感じていた。だが、

「お前はそのスプレッドアクアすら撃てねぇじゃねぇかよキリウ。術法にいっちいちケンカ売ってんじゃねーよ」

 ユータの緊張感のない言葉についリクもハッとして、「え? キリウさんは術法撃てないの?」と顔を横に向け尋ねてしまう。キリウの鋭い眼光がこちらを射抜くようにしているのを感じ、リクはまた体をビクリとさせてしまったが、ユータは舌をあっかんべー、と出し反省の一欠片も態度に出さない。キリウの目線が逸れている今のうちに! とソラが右手の平をキリウの方に突き出して叫ぶ。

「スプレッドアクアーーー!」

 ソラの手の平の少し先から生まれる、直径こぶし大の水流がキリウの方へ向かい飛んでいく。その水流に当たったのは、キリウではなかった。

「ふっかあぁぁぁぁぁぁっつベタアァイイィィィ!」

 二人の間に横っ飛びで割って入ったローマが水流の直撃を受け、少しだけ後方、キリウの方へ吹っ飛び後頭部からもんどり打ちつつ素っ頓狂な声を上げて風呂の中に沈んでいく。

「おーーー」ユータとリクが二人で歓声を上げる。すぐに浮かび上がり立ち上がったローマが、「何がおー、だよ! ケンカの見物なんかしてんじゃないよ! ソラもソラでそんなむやみやったらに術法撃っちゃダメだから! キリウはあの声出しボクが側にいる時はやんないって約束どこに飛んでっちゃったのかな! びっくりだよ! あーもっ!」

 もうお風呂タイム終わりだから! 終わり! そうぷりっぷりに怒りながらローマは浴槽から上がり、まるで犬や猫がやるように体をブルブルッ! と震わせて水しぶきを飛ばして、プンスカしながら脱衣所へと入って行ってしまった。

「んじゃ、俺らも行こっかー?」ユータがそう言ってローマの後を追って行くのを見て、「あ、はーい」とリクもついていく。「ほら、ソラも。行こ?」少しだけ歩いて、後ろを振り向きソラを見ると、

「…………」「…………」二人は今も睨み合っていて、そしてどちらからともなく、「フンッ!」顔を背けあい、ソラはリクの手を取る。

 脱衣場でリクとソラはマーナが用意していた着替えを身にまとう。それは黄色を基調にした丈夫な布の洋服で、ユータから着方の簡単なレクチャーを受けながら着ていく。「まぁこれ俺のお古なんだよな。悪いな、母上ドケチなんだ」そんな風に自然に国皇の悪口を吐いていくユータをキリウは当然一睨みするのであるが、ユータもそれを当然気にも留めない。「ううん。お古でも、こうやって準備してくれて嬉しい、です」リクはそう答えながら、身につけた自分の姿を鏡に写してみた。「…………」そして、言葉に詰まる。一瞬、頭の中に妙な映像が迸る。「————ッ!」頭を抱える。何が起こったかもわからず、ぼうっとしていると、「馬子にも衣装、ってか? そんな自分に見とれてっと自惚れ屋だって言われちまうぜ?」自分の後ろに立つユータが鏡に映っていて、そんなことを言ってくる。「違うよ。別にみとれていた訳じゃないよ!」少しだけムキになりリクは振り返り反論するが、「あーあーわかってんよそれくらいはよ。悪かった悪かった」相も変わらずの軽いトーンで答えるユータをリクは目で追う。するとその視界の端にはすでに着替え終わり少し不慣れな手つきでドライヤーを用いて髪を乾かしているソラが映った。ソラは透き通りそうな薄い青のワンピースを身につけていて、首元の小さめなリボンの飾りが女の子らしさを上品に際立たせていた。「おいおい! 今度は本当に見とれてんじゃねーかよ」と頭にポン、と手を置かれながらユータに声をかけられるまで、リクはポケー、としてしまっていた。

「うわっ。あれ? えへへ」ほのかに顔を赤らめながらほんの少しだけ居心地悪そうに目線を逸らしながら照れ笑いをしていると、ユータが言葉を続ける。

「女物のパンツとか服とか、一体誰が着るんだよって思っててさ。まさか……とか思ったけど、まぁどっちにしろサイズ合わねーからよ。でもま、その謎も解決したしまぁいっか!」

 何に対するまぁいっか、なのか繋がらないのではあるが、「うん! とっても可愛いよ」とリクは言う。「そ、そっかな。何だかリクに言われると照れちゃうかも……」今度はソラが目線を逸らしながら照れ笑いを見せるが、

「ふん。いつもそうして大人しく顔を赤らめてしとやかにしておれば多少は可愛げもあるものを」明らかに見下しながらそんなことを言うキリウに対しては即座に表情を変え、

「アンタみたいな女々しい男にしとやかになんてできないのよね! 悪うございました!」と応戦する。「ケンカしない。ケンカしない。ケンカしないケンカしないケンカしないケンカしない……」険悪なにらみ合いはローマが壊れたラジオのように繰り返しながら割って入り込むことで中断させる。

「はぁ。ボクは不安だよ。これから朝食だよ? 聖上とご一緒なんだよ? 仲良くしてとは言わないけどさ、絶対ケンカとかそんな醜いやり取りとかしてもらっちゃ困るんだよ。お目付役になっちゃったんだよ? 怒られるのボクじゃん! ヤダよ。ヤダヤダ!」

 列の最前を何食わぬ顔で歩くキリウに今すぐにでも噛み付いてやろうとせんばかりなソラを押さえ込みながら連れ立って歩くローマが口にした言葉だ。

「なんだか、お腹空かないな……」リクはそんなことを口にしていた。呑気にも思えるその発言は、今自身が置かれている状況を理解できていないということなんだろうか。というか、八歳にそれを求めるのも無理な話だよな、なんていうことをローマは考えてしまうのであった。

 

      

連載第三回『城内ドタバタ探検記・後編』へ続く

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