黄桃缶詰
SINCE 2015
活動再開!2019年4月発表をめどに小特集「曖昧なる境界線」が決定!(1/28)
はる「ロジウラ」、misty「時間喰いのモービーディック」の原稿を掲載しました!(11/25)
しばしの間休載。(9/12)
世界中の歌を私たちは歌う 光枝初郎
地上は今
形而上学的な季節
――牟礼慶子「見えない季節」
あらゆる美しいものが君の世界を変える
君さえも気付かないくらいに
――小林祐介(THE NOVEMBERS)「美しい火」
「同じ」
最近この頃、朝方、幸福、夕方、ズドン。
夜には、プラマイゼロで、このヘビーローテーション
私、いる、いない、いる、幸せ、ある、ない、ある、
形だけの、提出物では、五丁目のお豆腐屋のお嬢さんはおとせない。
声うわずって、私、マリヤ様の聖棺の前で跪き、
そのまま、えんえん、えんえん、えーんえん。
夕方、私、堕ちる、ズドン、ゆえに、それから、
安定し、落ち着き、布団にくるまりゃ、猫もゴロン。
冬の、エンドレス、ヘビーローテーション。
「本日ハ晴天ナリ」
満たされた午後、底にある罪、
寒さ、公園で子どもは泣きじゃくっていた
カラスのような鳴き声、ガラスの街の人々、
俺はこんなもんじゃないって、がらがら声で叫んでた
表明されたものが、全てじゃない
洞窟の中のかがり火にうつった木くずすらも欲望
踊ってたんだろ?
あの夫人とさ
黙ってたんだろ? 根拠の無い顔してさ
囚人たちの、あくる日の会議
日本、中国、パキスタン、
どれも同じだ、国家、不法労働、路地裏、
言葉だけが溜まっていく、苦渋に満ちた顔、
他には何も要りません、だからユダの救済と、
ついでにパウロも赦してください!
いつも、いつも、晴れていた
いくら何でも、いつでも、今日も、晴れていた。
「旅立ち」
肩痛し、肩腹痛し、あぢけなし。
この頃も寒風吹けば、君、三十八度の高熱出て、
僕はジョイスのユリシーズが読めぬ。
十一月は、寂しく、予報も雨つづき、
空気は乾いて、二人分の咳と、
ポカリスウェットは、増える、増える。
君、北の世界に住まう、妖精どもの暮らしを知っているか。
僕は、知っているよ。
遠くへ行き、それから、帰らんとするのは、
君の為なり。
夢うつつ、うつしよは夢、夢うつらにて、いつも見るのは、
君の笑顔と、コスモスの微笑み。
「未来へ」
ケツマズイタ、ソノイシコロハ、
アナタニトッテ、タダノショウガイデシカナイカモシレナイ
金曜日の雨、廻る
蘇る、いくつかの冬が、誰かを中心として、
帰る、始原的な所へ、
叫び、始原的な場所へ、
高らかに歌い上げる
狂鳴の音楽と、
小鳥たちのリトルネロが、
混ざり、うねり、大声をあげる
君はハープをつま弾く
僕はバイオリンを奏でてみせよう
蹴躓いた どんな石も
あなたを変える 大きなきっかけ
「生活者」
きな臭いことを、避けることはできぬ、
我々は生活者。
百円ですら、価値。ロハとは根本的に違うのさ
三百円出して、五十円のお釣りを頂戴する。
五百円玉の貯金を数えながら、
晴れた日の下で、
生活者の喧騒を遠巻きに眺めてるのさ!
我々は生活者。
体に鞭打って、豆腐を食らう。
声のうらなる、路地裏の果てに、
アゲハ蝶が一匹、我の頭の中を舞った
色彩に輝くのも、零落れていくのも、
我々生活者の、絶えざる一歩一歩のゆえ――。
「代償」
貴女を、代わる者は、何人もいない
何かを得て、そのことによって、
不運を見舞うことになる、のだとしたら、
貴様は実に憎い。
お金は少なくとも〈絶対〉ではない、絶対では。
恍惚とした表情の裏には、
誰かを失っているのかい?
何かを引き換えにして、それを手に入れたのかい?
意味はない、意味もない
代償というその名のシステムは、
どんなものよりも地球の根っこにあって、
俺たちその駒にすぎない演者なのさ。
「反応体」
人間ハ、感覚―受容体デアル、
私が笑うとか、彼が泣いたというよりも、
その映画のテーマである「救済」が私の心を撫でてくれたとか、
人間関係によるストレスは折角の休日を心待ちにしていた私を台無しにしたとか、
そういう表現が正確。
我々は反応する。あらゆるモノ、コト、ヒト、情報に。
美しい夕焼けを見て感動もすれば、
好きな人が辛い目にあって寄り添えないことに嘆いたりする。
私たちは、笑わされる
私たちは、泣かされる
世界に
世界の、様々な、
下らなさや、おぞましさ、暗さ、恐怖、あっけらかんとした感覚、太陽の明るさ、月の佇まい、海の崇高さ、山の雄大さ、恋人のくしゃみ、憎い男の暴言、昨日見たつまらないテレビ番組、息を呑んでしまうスリル映画、ルノワールの美、すれ違った女性の妖艶さ、友人との長い沈黙、長い夜の果て、狂った情報社会、子供のあどけない笑顔、輝き、神聖、わずらわしい速報ニュース、昨日聴いたCD、神の有する完璧さに、
私たちは、思わず、反応させられるのだ。
知覚―過敏。
反応を制御しても、コントロールなど不可能で、
そんな日に僕は、もっともっと違う人間になって、
まったく違った生き方ができるかもしらんなどと考えながら、
いつもどおりに戻されてしまう、いつも、いつもいつもいつもいつもいつも、いつも。
「純ゆえに異世界」
僕たちは、本当の渇きを知らないから、
すぐにペットボトルの水を欲しがる
純、ゆえに異世界
隔てられた池、川、湖、海
観察者でしかない、時に漁師と相成って、
僕は夢のクジラを釣る
コップを掴む すると水という水は、
途切れることなく、溢れだし、
喉を出て、床にたまり、部屋を浸水せしめて、
家は流出し、町はいよいよ水浸しになった
元あった場所へ還っただけなのさ
六月の雨は、その片鱗すら、
隠して、傘もささずに、踊り狂っていた
「Hallelujah」
苦しみのは、は、果てに、
ハ、ハ、ハレルヤ!
ぬかるんだ 泥水を飲み、
もがいて、気分は憂鬱になってたのさ
悲しみと絶望は何にも代えられない、
ストーヴの灯も縮こまっていた
今日は晴れるや!
天空から光が伸びて、猫は欠伸をし、
木枯らしの風は子供たちをはしゃがせる
次の一年、どう生きていこう
五年後に、僕はこうなって、
十年後、いよいよ大人びてきて、
二十年後は、谷崎潤一郎賞さ。
馬鹿なこと考えて、
明日も一日生きよう。
「果て」
世界の果ての、その先には、
何も無い
黒ん坊たちの、夜を讃えるための、
うららかな神聖な曲があるだけさ
貴女は縁に立ち、足元を見る
平坦な地平、区切られた、
闇の奥……。
ここが境界だ。
祈りを、捧げよ
貴女の為に、必死で歌おう
為にとか、救いたいとか、
戯言にしかすぎないかもしれない
それならばそう、貴女の妄言癖だって、
最早私たちを陥れる為だけの甘いワナでしかないの。
果ての、果ての、果て――。
「モモ」
モモ、僕の可愛いモモ
それがももなのか、桃なのか、
正確な呼び名なんて大したことじゃないさ
モモはたいてい僕の隣に居て、
よく笑ったり、
よく泣いたり、よく寂しがったり、
僕を明るく照らす
僕は読んだ本のことや、
昨日見た映画の話をして、
幾晩も二人で語り合っては、
朝を迎えた
冷たい深夜はおどろくほど静かで
僕とモモの二人だけがまるで白い光に包まれて
時の流れさえ、掴んでみせた
幸せを逃がしたくない、
だから穏やかに、そして誠実でありたい
僕の可愛いモモ
砂漠を越えて、
真夜中の三時の夜風に乗ってさ、
月へ向かおうよ
そこが僕らの場所、
そこが夢追う旅人たちの、
強く生きる場所
「旅人」
華、溢れる天空の住処へ、
舞い上がっていくイメージと共に、
向かうよ
空の哀しみも、あの娘の祈りの日々も、
持てる分だけ、持てる分だけ
全てクリアというわけにはいかない
僕らはやっぱりどこまでも不完全体。
汚染された街をさえぎってさえ、
其処は在るのさ、
至福の時が其処で貴方を待っているのさ
「ウユニの恋人」
ボリビアの湖に行きたい
君と手をつないで、
満天の星空か、
穴があいたような爽やかな朝空か、
照りかえす夕日の煌きか、
ウユニの街で暖をとって、
現地の人や、観光のお客さんと、
拙い会話を交わして、
君はきっとカメラの扱いに専念するだろう
湖面に写る僕ら自身を眺めかえしてもいい
どんな気持ちになるだろう
何を感じて
何を受け取るだろう、
あぁ、想像しただけでも、
僕は、ボリビアの湖に行きたい
「雲」
奥へと続いていく太い道路に、
ガソリンスタンドが建っていて、
そこに暮れはじめた夕日の橙と
淡い青が重なりつつあった
その雲は長く、長く伸びて、
あまりにも足早に移動していた
こんな風に小さい頃は空を眺めては
学校からの帰り道を歩いたんだ
雲の向こうには、
図鑑で見たような大きい宇宙があるの
寒さと時間上の必要のせいで、
僕はやがて自転車を走らせていった
「蘇生」 ――橋本奈々未さんへ――
水の中に入る水を、僕は掬う。
呼吸の中で失われた養分を吐き出す、さらに
ましてやここは戦場だ、だれもかれもが
諦め、泣き、崩れ、つまり中傷し、なだれこんでは、
貴女の瞳はそういう残酷さも知ることになった。
花の如く、
新たに生きることを〈享受〉した薔薇色のことぶれたちが、
さんざめき、明日から明日へと伝えていった。
夢の中で預言を聞いてその夢の中で彼女たちは、
深い礼儀をし、〈儀式〉の過程において
一匹の大きな鷲になった。
そうして旅立った。
幾つもの死、哀しみを裡に抱いて
水から僕は顔を上げた。
湿原地に鈍い朝日が舞い込む
誰も咎めはしない
只、貴女の心のままでいい
美しさに人は怯え、戦き、
皆も触らぬようにと逃げて行くけど、
人はそんなもの
水がこの皮膚に活力を与え、
僕たちはまたしても蘇る
何事か?
きっとそこは寒い場所、
真冬には湖も凍りつくほどの場所の、その片隅で、
光を抱いた人たちだけが、
かのクラムボンと戯れることができるのだ。
「僕の座る机には」
座り始めて、馴染んで、一年は経つのか、
この横長の机には、
パソコンとノート、筆記用具、
電気スタンド、文庫小説、付箋、
そしてうる星やつらのらむちゃんのフィギアや、兵隊さんが、
置いてある
この狭い空間が好き
ここにホットコーヒーと静かな状況が加わると、
僕の日常の半分は完璧に方向づく
テレビは無駄なモノをなくせって叫んだりしてるけど、
僕はフィギアやおもちゃが好きだし、
何よりこの空間には欠かせないんだ
ここに座って、落ち着くと、
もうどこにでも行ける、
たとえば夜の果てへの旅にね
「エメラルド」
海を見た、と君は言った
その海はエメラルド色の
静かで穏やかな波だったかい、
それとも、激しく、荒々しいうねりをあげる海だったかい
金色に輝いて、
どこまでも続く波の表面を潜ると、
全く知ることの無い海が広がって、
もっともっと、底へ
チョウチンアンコウ、シーラカンスが棲む深海へ
魚にはなれないけど、
鱗をもち、えら呼吸をして、
君のように自由に美しくこの世界を泳ぎ廻ってみたい
ねぇ、そこは、楽しいかい?
海を見たい、と僕は言った
エメラルド色に染まる大洋を、
いつ何時でも、眺めていたかった
「雪」
小さな発砲スチロールの玉が、
なぎ倒されるかのように道路にはいつくばって、
ここは雪景色に支配されてしまった
喰らう玉! さんざめく光!
駅だってコンビニだって美術館だって
路面電車で吹雪の中を巡回したよ
君の手は温もりがあった
次、降ります、二百五十円を握って降りるんです
犬も狂ったように喜び吠え続け、
瀬戸内の国はえらいこっちゃえらいこっちゃと、
みな家路を急ぎはじめよったわ
「冬空」
視界がclearになるというのは、
とてもとても寒い冬の日に起こり、
そのときは、
目の前の自動車や建物、冬枯れた山、白い雲、空が、
そら恐ろしいほど明瞭になった
誰も気づかなかった、
僕だって忘れていた、
あけっぴろげの世界
空はどこまでも遠く僕らはただただ小さな虫の様だ
どんと構えた山も、
いつまで残るのかな
なぁ、空、
いつまでも消えないでいておくれ
「ピアノが弾きたい」
ピアノが弾きたい
朝の、
目覚めの、微睡のなかで、
えんがわから降る光にあくびする
ショパンの別れの曲や、
ベートーヴェンの悲愴、
それから、
ハウルの動く城の曲なんかでもいい
くろい鍵盤は、しろと混ざり合って、
うつくしく、ちからづよく、
そしてかんぺきに、場をつくり出すだろう
その時僕は、
あぁ、こうふくの味だ!
と言って、
やっと世界を祝福する気になれるんだ
肯定も、否定もない、
世界のまるごとを
了